調和の流れを学ぶ ひとつがすべてへ すべてはひとつへ credo

自分を殺す「でも」剥がし。120%自分で自分の味方する。

2015.09.23

こんにちは、癒食カウンセラーの米澤万由美です。

出産直後、入院していた1週間は、毎日が乱降下のメンタルジェットコースターでした。
1日おき、どころか数時間毎に、精神状態の大津波が押し寄せ、
「辛い」「不安」「恐怖」の涙と、「嬉しさ」「喜び」「感動」の涙が交互に溢れ出て、
出産前に望んだ通り、産後のホルモンバランス変化によって、心のカス(内臓に溜まった「氣」持ち・バイブレーション)の絞り出しが出来ました。

 

誰かの言葉や、なんらかの困った現象(悩みの種「現実問題」)は、
あくまでも肚の中に溜まった氣を発散させる(陰陽を統合する)ために必要な「引き金」で、
個人の「中」を反映している現象なだけ。

 

肚の底を燃焼し切れば、現実が変わる

 

ですが、この肚の底の「氣」を出し切る、という一番大事な作業に集中出来ない時。

「氣」に集中するのを遮って、頭の中に立ちふさがるのは、この一言。

 

「 で も 」

 

 

素直な気持ちに、「でも」で蓋をし、否定する。

 

嬉しくて幸せなのに、誰か何かと比べて、「私なんてまだまだだよ」「こんなんで喜んでないで、もっと頑張らないと」、とか。

本当は○○が欲しいのに、したいのに、「ほかの人より持ってるのに」「足るを知らないと」とか。

痛いのに、愚痴りたいのに「もっとつらいひとがいるんだから」「まだマシよ」とか。

 

私のつらさ・痛み・苦しみ、喜び・幸せの形・欲望は、

私だけのものなのに。誰かと何かと、比べられる、はずがないのに。

 

謙遜と言う名の自分殺し。

 

あと、例えば、今こうして寝ている息子の隣でブログを書いてますが、
「あーーーーやっぱりこういう時間は楽しい♪♪♪」
という気持ちと同時に、
「でも、なんか悪いなあ」「息子をほったらかしている気がして、申し訳ないなあ」というなんだかモヤモヤした罪悪感も浮上します。
この時、以前だったら『罪悪感』が気持ち悪くて直視したくないので、蓋をして、
「でも、母親だって人間だし、やりたいことして何が悪い?悪いことなんてしてないもん!」
と、勝手に『居もしない敵』と脳内戦争してました。
そして、隠れるようにして「好きなこと」してたので集中し切れない。モヤモヤする。

 

結果、中途半端に澱んだ気持ちだけが肚の底に溜まり続けて、
肚の底はいつもモヤモヤと腹黒く、腹黒さは相手にも投影され、いつも誰かに責められるのを待っているかのよう。

 

「やっぱり、私が悪いんでしょ!?」

そして出て来る、この言葉。

「私、悪くないもん(いつも我慢してるのに)!!!」

 

「被害者」(責められないための防衛線)でいるための「現実」を作ろっていたと思うのです。

 

一番他人に言いたい言葉は、「中」が「私」に訴え続けている言葉。

 

振り返ればなっがいこと、私は私に「でも」って言い続けてきて、
私が私の一番の敵。

 

 

今の課題は、頭の中の、「でも」剥がし。

 

喜怒哀楽すべての感情を肯定する練習中。
無意識に自己否定していた「でも」癖も、今では「ああ、今、『でも』って思ってるなあ」と気づくと、面白い。

 

夫と喧嘩して怒鳴ってブスくれて、
その後訪れる猛烈な自己嫌悪も罪悪感も自己否定も、
「でも、私間違ってないもん!!」でなく、どんどん味わって味わって120%そんな自分を嫌いになって・・・・

 

そうしたら、そんな自分が、自分を、好きになる。
不思議。
そして、現実が、イージーになる。

 

そして、いまこの瞬間も、すやすや寝ていた息子が目を覚まして泣き出した。

「あーあ、ノリノリでブログ書いてたのに」と、120%、「チッ」と思う。
そうして泣いてる息子を抱っこすると、「悪いなあ」「でも書いていたかった」「そんなこと思っちゃダメ」なんて、気持ちがごちゃ混ぜにならず「ただ、抱っこする」。
私の肚が落ち着いているからか、息子はすぐに泣き止んで、機嫌よく笑ってる(*´ω`)。
そんな息子を肚の底から「かッわいいなあこいつめ~~~!!!」って思う。

 

 

思うがままに思う、って、

「今」この瞬間に集中すること。

 

そんな風に、思うんです。

 

おいしい物食べるとき、「・・・でもこれって、体に悪いよねえ」とか、思ったりしません(笑)?
そんな時って、『体に悪い物』をたらふく食べてる人見ると、許せなくなるんですよね(-_-)