調和の流れを学ぶ ひとつがすべてへ すべてはひとつへ credo

看護師免許捨てたら、根底から覆った話①

2015.06.26

昨日、看護師免許捨てたんですけどね。

ずっとずっと、看護師を辞めた時から4年間だか5年間だか、ずっと捨てたかったんです。

でも、持ってた。

(これまで卒業アルバムや卒業証書も実家で処分してきたって言ったらいろんな方に驚かれましたが、今回はその比じゃないくらいなっがいこと迷ってました)

で、話は変わるんですけど、おととい、買い物に行っていろいろ買い揃えてきたんです。
産後のパジャマとか授乳ブラとか。可愛いのを♡

すっごくかわいいお気に入りのピンクストライプのパジャマ、ずっと欲しかったんです。

買いました。

着たらテンション上がります✨
幸せな心地に浸れます。
でも、
すっごくうれしいのに、楽しいのに、幸せなのに、なんかすっごいザワザワモヤモヤするんです。

このモヤモヤざわざわ感・・・「自分を幸せにすること」へ、常について回っていた情動です。

4年前、自分を喜ばすために看護師をやめて、
癒食カウンセラーとして活動を始めてからも、四六時中、ずっとずっとつきまとわれていたモヤモヤ。

 

「いいのかな?」「このままでいいのかな?」

 

「いつか、何かが起きるんじゃないのかな?」

 

そもそも、看護師時代から?いつからだろう??
自分のために何か気持ち良いことをする時、幸せな時間を過ごすたびに、心のどっかがザワザワしていたと思います。

で、その正体は、「罪悪感」。

これは薄々気づいてた。

特に、母親への罪悪感。

でも、例え母に「あなたの幸せがお母さんの幸せだから、そんな風に思わないで、心から楽しんで」と言われても、(実際言われてるし)
主人に「万由美の幸せや笑顔が俺の原動力やから、好きなもの買って、好きにしい」と言って貰ってても、
「人の親になるのに、将来不安定な仕事、好きなことしてていいのか・・・どう思います?」
なんて義理のお母さんにまで相談までしちゃって、
「そんな堅苦しく考えてたら、なんにもできへんよ?大丈夫大丈夫(^◇^)応援するから、やれるだけやりなさいよ」
なんて笑い飛ばされて。

私、ほんっとーーーーに、
誰にも、なんにも、責められることはただの一度もなかったんです。
他人の意見で生き方を変える「他人軸」じゃなく、
「あんたはどうしたいん?」と、常に突きつけられ続けてきた人生でした。

「あなたの好きにしなさい。それをできる限り応援するからね」

って、いっつもいっつも、いつでも、だれにでも、言われて続けてきた幸せ者です。

なー、のー、にー・・・
こんなにも幸せで信頼してもらってるのに、いつ責められるのかビクビクしてる。
しかもむしろ、責めの言葉を「待ってる」的な雰囲気・・・。
ザワザワもやもやは、どんなに周りの環境(仕事や人間関係や金銭的状況)が変わっても、結局変わんかった。
意味不明でした。

 

答えは、自分の中にしかない。

 

というか、私の世界には私の味方しかいない。

 

もう、敵を探すのは諦めろ。

 

私の敵は、私だけ。

 

ほんとの本音は癒食カウンセラー、やめたいのか?看護師に戻りたいのか?とまで思った。

これは、ただ、「安定証明」「私だって一人前に稼げるぞ証明」が欲しかったみたい。

安定と自立のためには「とりあえず定職に就かなきゃ!!」、的な目先の衝動に近かったです。
牡牛座・七赤金星・A型のトリプル不動宮の人となりですから、「安定」「現実的結果」を求める質が強くてしゃあないのかな?
だからこそ、「安定」「自立」の意味を、私なりに見つめ直すための生き方になっているんかなって、
書いてて今気づきました。

 

で、
そんな感じでなんかもやもやしてたまま、昨日、ご近所の神社へ参拝したんです。

 

「素の万由美に戻るために、どんどん背中を押してください」って。
「心からとにかくどっしり安定したいし、お金も愛も注目もたくさん欲しいし満たされたい。
そのためには何でもするから、とにかく背中を押してください」って。
神様へは、とにかく欲望をダダ漏れさすように心掛けてます。
見えない相手にさえド正直に居られなければ、目の前の相手になんてとてもじゃないけど正直には居られないので。 「正直」「素」「弱み(本音)」を晒す練習なんです。

 

そして神社から帰ってきた数十分後、看護師免許のデータ、消去してた。

 

長くなったので、②へ続きます~。