調和の流れを学ぶ ひとつがすべてへ すべてはひとつへ credo

ちょっと長い体話。頭おかしいんかな?ってくらい。

2015.12.14

私「最近、食料品でも服でも化粧品でも、値札を観ずに買うのはなんか慣れてきたよ。
安いSALE品、見切り品を買うというのは、自分の価値・品位を落としてしまう行為なんだよね?」

中の人「価値って、なんだと思う(^^)?」

私「え?ええええええと・・・・」いきなりだなあ(”Д”)

 

中の人

「いのち、だよ。

 

損をしないように、その分、いのちを削って、差し出しているんだよ(^^)」

 

※『命』は個・生命体としての命で、『いのち』は家族やご縁ある者・エネルギーの循環としての意味だそうです。

 

私「そんなことそんな顔(^^)で言われたら、怖いわ」

「じゃ・・・じゃあ、オーガニックな物とか、高価な物、最低、定価で買えば良いって話??」

中の人「ププッ」

私「(゜_゜)(笑われたよおい)」

中の人「それはまだ、高い・安い、という『値段』の枠組みの中にいる。

例えば、店の中すべての商品に値段・製造年月日・産地、すべてが着いていないと思って?

その中で、『ピン』と来た物を買うんだよ。」

私「もしそれでお腹を下すような物を買っちゃったら??」

中の人「下す必要があったから、それを選んだの」

私「・・・・・・。

もしよ、もし直観で選ぶ、なにかをして、間違いを起こした。

・・・うったえられたら??」

中の人「罰を受けるべき、責められるべきと思っているなら、そうなるように人は『まちがい』を用意する。

そうなれる選択をする。

そしてそれは間違いじゃない」

私「・・・わかるような・・・わからないような・・・」

「ちょっと話は変わるけどさ、ちょっと思いついたから質問して良い?今の話と似てるかなあ?

私、乳がんになるの?」

中の人「なるよ(^^)」(即答)

私「マ ジ で ?」

(あ、神様はイエスしか言わないって言うし、質問を変えてみるか!)

「乳がんに、ならない?」

中の人「なるよ(^^)」(即答)

私「ええーーー」

中の人「乳がん(病気)になるか、ならないか、健康か、どうか、その質問をしている時点で、『病気』の枠組みの中にいるんだよ」

 

「なりたいと思ったものは、

 

思った時点でそうなっているし、

 

なりたくないと思ったものは、

 

そう思った時点でなろうとするんだよ」

 

「わかる?」

 

私「・・・・・・・・・・(熟考)。わからん”(-“”-)”」

 

中の人「はい、じゃあどうぞ~~」

 

と言われたとたんに、左胸鎖骨下辺りから、ドックンドックンっとなにかグルグルした塊が脈打ってゲップみたいに上にせりあがってきた。
(ほんまなんです、自分でも信じられなかった)

うわうわうわ、と慌てふためいていたら、どんどんゲップが出て来て、熱々でドクドクしている。

なんだこれなんのバイブレーションだ!?と思って、頭の中で、その振動に値する感情の名称を全力で検索する。

「なりたくない」「恐怖」「悲しみ」「いやだ」「怖い」「苦しい」・・・・どれもちがう。

なんだなんだ、すごく熱くてエネルギッシュなエネルギー。

 

 

「なろう!!」だった。

(なりたい、とはまた違う、結晶化するようなベクトル)

 

なにかに「なろう!!」とする時の、あの、ドキドキワクワクとちょっと緊張が入り乱れたような、気合いの塊。

うひゃああああー、と、思った。

とりあえず、「なろうなろうなろうなろう」という塊を、感じ切った(ゲップ、何回も出た)。

 

感じ切ったら、寝てた。

 

朝起きて、中の人にもう一度聞こうと思った。「私、乳がんになるの?」

 

聞こうとしたけど・・・・もういいや、って、思えた。

興味、なくなった。

 

中の人「枠を抜けるって、そうゆうこと(^^)」

 

私「感 動」

 

 

 

↑これ、全部独り言です

 

 

怪し過ぎる・・・