調和の流れを学ぶ ひとつがすべてへ すべてはひとつへ credo

マクロビオティックで幸せになれると思ったのに

2017.08.31

 

Credoを立ち上げる前、スクールで働いてた頃のことって、あんまり書いてませんでしたよね?

 

7年前、尚子さんと三木で癒食カフェCredoを立ち上げる前、
マクロビオティックスクールで「講師見習い」として働きながら体感したこと。

それは、

 

「健康と幸せは、似てるけどイコールではない」

 

っていうシンプルなことでした。

 

長い事「マクロビオティック」「健康食業界」に携わりながらも、

なんかもやっとしていた感覚を、今回は言語化してみようと思います。

 

いろんな出来事があったのですが、
ざっくり言ってしまえば、

私の通っていたスクールで働く先生方・スタッフの多くは、
「自己否定」「自己犠牲」の方が多く、
経営者(校長)と従業員は一心同体・疑似家族のようになり、
やがてモラハラ・DVの共依存な関係性へ・・・エネルギーバランスが沼ってました。

私が入った時はちょうど経営が苦しい極み時期で、
スタッフのほとんどが無給無休無欲状態でした。

ポジティブ言葉で奇跡を待ち望んで、夢や将来をたくさん語り合うけど、
そのすぐそばにある絶望は切迫しており、ネガティブ発言を許さない。

怒り・不機嫌・自責他責、ヒステリックな空気感が常に在る空間。

私自身もすぐ「見習い業務」(ボランティア)で15時間働くのが「普通」になってしまいました。
(夜間講座の後かたずけやクローズ作業で終電を逃し、そのままスクールに泊まり込む感じです)

 

「好きなことをしているのだから、修行だから、当たり前」

そう自分に刷り込みながら、周りを見てみると、
先輩や先生方も同様の考えで、私よりさらに過酷に働いている。

自己破産や離婚、仲たがい、徹夜続きのデスパレードetc

その出来事自体が幸福か不幸かは別だとは思うんですが、

「こんなにやっているのに!!」「お前が悪い」「なんでわかってくれないの?」

って泣き憤る人、かつて尊敬した方々が怒鳴り合う姿を観てたら、

「あ、マクロビが幸福を作るわけではないのよね」
「あ、オーラが見えるからって、別に奇跡が起こせるとかじゃないよね」
「あ、祝詞をいくら唱えても想いを言葉や行動で現実化するのは自分よね」

とアタリマエな現実に気づく。

 

私のようにマクロビオティックで健康回復した経験者が指導側になっていたけど、

そんな人ほどジャンクフードやコンビニ食、添加物へのマウンティングが強くなり、

心の「自由」を感じる方には出会わなかった。

スクール以外で出会う健康食系講師の方でも、

摂食障害やいろんな依存症に悩みながらマクロビオティックを取り組んでいる方も多かった。

告白されてびっくりもするけど、〇〇って症状や障害が問題なんじゃなくて、

それをひた隠ししたり、「講師なのに、自分の病気も治せないなんてかっこ悪いですよね」って自虐してる姿が、

なんか、どうしたらいいのかわからなくて苦しくなった。

 

「あれ?マクロビオティックって、『自由に生きるため』じゃなかったっけ?」

って違和感が出てくる。

明らかに脱水症状(尿量現象・声の皺枯れなど)を言っている方が、

「水、一日にどれくらい飲むのが適正ですか?」って聞いていたり。

マクロビオティックを学ぶほど、

「感じる」「体を信じる」ことが出来なくなっていく人を多く観た。

(私自身がそうだったから、よけい意識に残ったんだと思います)

 

「健康と幸せ・自由は、似ているけどイコールじゃない。」

そんな単純なことが、なかなか言語化できなくって、

でも、違和感としてずっと心の中に溜まっていました。

 

私は、今、「マクロビオティックカウンセラー」として『伝える側』にいるけど、

この「健康」と「幸せ」「自由」を、取り違えないようにしたい。

これは、スクールで実際の現場を見た時からずっと心に留めていたこと。

 

けれど、「マクロビオティックとは自由に生きること」を伝えようとすればするほど、

スクールの先生方のようになってく自分も居て、怖かったし孤独だった。

そんな時に、

心屋仁之助さんをTVで観たり、

子宮委員長はるちゃん(初めて読んだ時は風俗嬢の頃で、生理的嫌悪感がすごかった)のブログを通して、

格好悪いと思って変えよう変えようとしていた心の弱さこそが宝物だったし、

「格好悪い」という勘違いそのものが、スクールに通い始めるもっと前、

看護師時代の不安定な体と心を作った原因(背景)だったんだと分かった。

もっと言えば、

「カッコ悪いなあ~」って誰かの声に対して、

『かっこ悪くない!』って反発・逆らうのが「受け取らない」「自分を護る」ことだと思ってたけど、

『かっこ悪い、そう。』って、それより何がしたいのかに集中することが、「自分を大事にすること」だってわかった。

 

マクロビオティックをお伝えしているけど、

こんな経緯があって、私は講座でもセッションでも、食事やお手当の話はとてもざっくりです。

・・・卒業生さん、ざっくりだったでしょ(^^)?

食の話より、「心」をみんなでシェアし合った方が、盛り上がってましたよね?

 

「〇〇が肝臓に良い」「陰は〇〇、陽は〇〇」って知識も、体を労わる時には便利だけど、

「なにか『生きづらくなる勘違い』してないか?」

この根本。

この『勘違い』でわざわざ「生きづらさ」を選択している自動操縦のままだと、

『食事』って小手先だけを変えても、何度もぶり返すし、繰り返すたびに心が狭く重くなる。

 

例えば、睡眠時間もひとり時間も十分満足できないのに、
マクロビ料理(手の込んだ手作り料理・玄米菜食・時間のかかるお手当)しようとする、とかね。

ここを「ちゃんと寝ようね」(熟睡のための感情と思考解放work)に切り替えるだけで、
実は「マクロビ食(玄米菜食)は必要なし、和食で充分」、ってケースがいっぱいある。

 

さっき「小手先」って言いきっちゃったけど、小手先だって重ねると「大手」になる。

※マクロビ大家の先生方は「早死にだ」とか言われて食事法を今や否定されていますが、
若くして死にかけた所から70~90代まで生きていらっしゃるので、
そこから学ぶことはたくさんあると思います。

 

だから、小手先(食事や養生法)も、

生きる領域拡大(心の自由化)も、どちらも私は伝えていきたいって思ってます(^^)

 

 

マクロビオティックで健康で幸せになれると思ったのに、

 
最初っから、とうに幸せだった。

 

「このままじゃいけない」「隠さなきゃいけない」って、勘違いしてただけだった。

 

勘違いから目覚めて嘘を剥がすと、健康になれた。

 
『マクロビオティック』と『マクロビ食』は近しいけど、イコールじゃない。

 

健康であることと幸せ・自由は似ているけど、イコールじゃない。

 

幸せ・自由を体感すると、どんどん健やかで康らかな毎日になっていく。

 

 

目的と手段を、混合しない。

 

幸せになりたい、って思うなら、「なり方」じゃなくてとにかく「幸せ」を感じるだけ。

健康になりたい、って願うなら、「なり方」じゃなくて健やかで康らかに暮らすこと。

 

やっと、言語化できた気がする。

 

 
※今日のタイトル、掃除・生活版の「片付けで幸せになりたいと思ったのに」をちょっと真似しました。

タイトルはバッドエンド感がにじんでますが、
ちゃんとHappyな感じにまとまってますのでお勧め、長編で面白いです♪

 

 

 

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